性格の悪い話

僕は性格が悪いので、笑うところも性格が悪い。

例えば、底辺YouTuberが商品紹介しているときに「これはステマじゃありません」とか、「回し者ではありません」なんてこと言ってるところを見ては、嗤っている。

てめえみてえなカトンボほどの影響力のやつに、企業がお金払うわけなかろうが。たわけが。

なんてことを思いながら嗤っている。

 

僕は性格が悪いので、面白くない人と話してると完全に興味を無くす。

薄っぺらい人生で得た薄っぺらい自慢話とか誰が聞きたいんだ?

あと、つまらん下ネタもやめてくれ。

 

僕は性格が悪いので、YouTuberのお悩み相談動画をつまみに酒を呑む。

そんな大事な悩みは親とか友達とか、身近にいる信頼できる人に相談しろ。見ず知らずの上澄みしか知らない人にして何になんだ。

とか言いながら酒を呑む。僕のほうがよっぽど良い答え出せんのにな、なんて思いながら酒を呑む。

 

僕は性格が悪いので、本を全く読まない人を馬鹿にしてる。

無計画な多読は良くないが、全く読まないのはもっと良くない。

本を読むことは、新たな知識を得ることではなくて、潜在的にある考え方を呼び起こすことだと思う。

メダロットでいうティンペットにパーツをつけていくような。決してプラスαのオプションパーツではなくて、必要最低限、一人前になるためのパーツだ。

読まない人はティンペットだけで戦闘に行くようなもん。そんなやつはカブトのミサイルで撃ち抜かれてしまえ。

まあこれは映画や音楽にしても言えることだけど。

 

僕は性格が悪いので、自分で自分のことを性格悪いと評している人が苦手。

まず、自虐することで予防線を張ってる感じなのが嫌だし、なにより性格の良し悪しは自分で決めるもんじゃない。

「性格が悪い」という脆弱なアイデンティティにすがってるみたいでダサいのも苦手。

関係ないね

最近は柴田恭兵にハマっている。正確には、あぶない刑事で柴田恭兵演じる大下勇次のセリフ「関係ないね」にハマっている。

事あるごとに「関係ないね」と呟いている。暇さえあれば呟いている。

家でご飯を食べてるときに、味噌汁を机にこぼしたとする。そんなときに「関係ないね」と呟く。

前日の夜に「明日は洗濯しよう」と思って寝て、次の日の朝に洗濯するのを忘れたとする。そんなときにも「関係ないね」と呟く。

友だちとオンラインで麻雀を打っているときに、役満を振り込んでしまったとしても、「関係ないね」と呟く。

どんなことが起きても、即座に「関係ないね」と呟くことで何事もなかったことのようになる。「何事もなかったことにムーブ」も一緒にやれば効果抜群。

これはネガティブで考え込みやすい人におすすめしたい。

何か失敗をしでかしてしまったとしても、皆の心の中にいる柴田恭兵、言うなればリトルシバタに聞くのです。そうすれば彼はこう答える。「関係ないね」と。さすれば、不安や重圧、後悔は気にならなくなる。

本田圭佑のリトルホンダのパクリじゃないか、と咎める人もいるかもしれないが、彼だってファン・ペルシーのパクリではないかと指摘されている。

気分が落ち込みやすい人は是非実践してみて欲しい。効果があるかどうかは知らないけど。僕には関係ないことだから。

大人になって気づいたこと

齢21。今年で22歳の年になる。

僕みたいな若輩者が大人を名乗っても許されるのかはひとまず置き、大人になって気づいたことがある。

 

小さい頃、学校の歴史の授業で墾田永年私財法を習った。詳しい定義や決まり事はよく覚えてないけど、とにかく己で開墾した土地は永遠に自分の土地になるとか。

こんな太っ腹な法はあっただろうか。

当時の僕は、もし今発令されれば、土地という土地をすべて開墾してやるのに、と考えていた。どんな小さな土地だって、どんな広い土地だって、我がで漏れなく開墾する心づもりだった。広い土地のためなら、必要であればイオンの社長とだって戦い抜く所存だ。

どんな強引な手を使ってでも土地を勝ち取るし、軍事的手段も厭わない。もしそれで裁判沙汰になったとて、後の不動産収入を頼りに、金に糸目をつけずに戦い抜く。

開墾した土地は荘園にし、不輸・不入の権を行使し、税金は取られず、むしろ税金をむしり取ってやるつもりだ。

 

そんな机上の空論を鼻垂らしながら考えてた僕も大人になった。そして気づいた。絶対に開墾なんてしないだろう、と。

普段は家でダラダラしている人間が、たかが土地のためだけにせっせこ開墾するとは思えない。あの頃のバイタリティはどこかへ消えていってしまった。

墾田永年私財法を発令された当時も僕みたいな人が沢山いたのだろう。口だけで行動に移さない愚図が蔓延していたことだろう。

もし今発令されるなら徳政令がいいな。何もしなくても奨学金が吹き飛んでくれる。

フルーチェの作り方

フルーチェほど美味い食べ物はない。ふるさと納税フルーチェが貰える地域があれば、そこに62.5兆円は納税する。

できることなら管を通して常に体内に取り入れたい。

しかし、そんな上手いこと行くわけないのは百も承知だ。もちろん代案を考えてある。

まず、規定量の牛乳を予め飲用し、胃の中に牛乳のプールを作っておく。そこにフルーチェの素を投入し、腹筋を利用して混ぜ合わせる。このときに腹踊りでもすれば宴会も盛り上がり一石二鳥だ。

あとは時間通り待てば胃の中でフルーチェの完成。残すは盛り付け。手頃なサイズの皿を用意し、そこへ吐瀉する。吐瀉に慣れていない方は、古代ローマ人よろしくクジャクの羽を用いることをおすすめする。

見た目は吐瀉物そのものだが、味も吐瀉物そのものだ。良く言えば、酸味の効いたフルーチェといったところだろうか。

ぜひみなさんもこの機会に胃液とフルーチェのマリアージュを堪能して頂きたい。

万能の秘薬

 点鼻薬を買った。

 僕は花粉症なので、この時期になると鼻詰まりがひどい。特に夜中は鼻がつまりすぎて眠れない。いざ眠っても、どうしても口呼吸になってしまい、朝起きた頃には喉が乾燥しきっている。

 点鼻薬を使用し始めてからはすべてが解消された。鼻詰まりはもちろん、鼻詰まりによる喉の乾燥もなくなった。

 点鼻薬の効果は絶大だ。もしかしたら鼻詰まり以外のありとあらゆる詰まりに効果があるかもしれない。

 「お風呂場の排水口の流れが悪くなってきたなあ」と思ったときには、点鼻薬を1~2回プッシュするといいだろう。15分から30分置いてから流すのをおすすめする。

 あとは、トイレの詰まりにも効くだろう。点鼻薬を噴霧したあと、ラバーカップでキュポキュポやれば一発だ。

 ただ、用法用量を守って使用することが大切だ。副作用で面白くない人間になってしまう可能性がある。そう、つまらない人間に。

 お察しの通り、僕はもう手遅れみたいだ。

芸人のYouTuber化としゅーじまんチャンネル

 全国民総YouTuber化計画も順調に進み、昨今は芸能人がYouTubeチャンネルを持つことが多くなってきた。特に芸人が顕著である。

 それを見てどこか違和感というか、一種の気持ち悪さを感じる。ただ、これは全てのYouTubeチャンネルを持つ芸人に対してではない。

 違和感を感じるかどうか、そこの差は何なのかが最近になってわかった。YouTubeで「YouTuber」をやっているのか、YouTubeで「芸人」をやっているのか、だ。前者に僕は違和感を感じる。

 それぞれに具体的な定義みたいなのはなくて、あくまで定性的なものではあるが、自分の中でははっきりと区別できる。

 例えば、チャンネル一本目の動画で「YouTube始めました!」みたいな事やってるチャンネルは寒い。正直こういう動画はサムネだけしか見てないから内容は知らんけど。

 逆に、一本目から淡々とネタ動画を上げてるチャンネルは良い。良いというか、それが利口な使い方だと思う。

 ネタ動画じゃないにしても、テレビライクな企画をやってたり、あくまで芸人として動画に出てるのも良い。

 僕は芸人という職業を尊敬しているが故に、芸人がYouTuber化するのが痛々しくてみてられない。

 ここで一つ示しておきたいのは、僕はYouTuberが芸人より下だと思ってるわけではない。ただ、住み分けしてほしい。映画の舞台挨拶で俳優が芸人の真似事しているのをみているような気分になる。

 

 そんな折、とある芸人がYouTubeチャンネルを始めた。三四郎相田周二だ。

 「しゅーじまん」という名前で、約30分ご飯を食べるだけの動画だ。特別ASMRをやってる訳でもないし、特別面白いことを言ってやろうという気概も見て取れない。それなのに見てしまう。

 彼はどの芸人YouTubeチャンネルとも一線を画している。なぜなら、暇潰しで始めているからだ。ただ飯食うついでに撮影しているようにすら思えてしまう。

 他の芸人が大金はたいて機材を購入し、スタッフをつけてYouTubeをやっている中、スマホ一つ、体一つで勝負している。いや、勝負すらしていない。彼はそんな土俵にはいないのだ。芸人が必死に相撲をとっているのを、悠々自適に枡席でカンジャンケジャンを食べながら観戦している。

 是非この機会にしゅーじまんチャンネルを見てほしい。見ないやつはボコでしょ。

 

文責:痛いお笑いファン

Like A Rolling Stone

    最近僕はいんすたぐらまーになった。

    もともと好きな芸能人をフォローする用にアカウント自体は持っていたが、オードリーの画像を投稿して以来、何も動かしていなかった。そもそも写真を撮るのも撮られるのも苦手な僕は、Instagramに投稿するような写真なんて一枚も所持していない。

    そんな僕だが、ここ最近になって「Instagramをやらなければ」という謎の強迫観念に駆られた。このままInstagramの潮流に乗らなければ、時代に置いていかれる気がしたからだ。

    とはいえ、投稿するような写真がないことに変わりはない。そこで、なにか一つテーマを決めることにした。そのときに白羽の矢が立ったのが喫煙所だった。

    僕はBob Dylanのプレイリストを聞きながら散歩をする、というオシャレ大学生にしか許されない趣味を持っているので、そのついでに撮影できるものとして喫煙所を選んだ。

    東京は特に喫煙所がどんどんなくなっており、なかなか出くわすことはない。散歩のルールとして、一つ喫煙所を見つけるまでは帰らない、というのを決めているので、時には何時間も歩き回ることがある。

    実は散歩を始めたのにも理由があった。僕は尋常じゃないくらいの出不精でお家大好きなので、大学以外家を出ることはない。しかし、このままじゃ人間としての尊厳を失いかねない、なにより種の存続を断ちかねない、そう思って外に出る趣味として散歩を選んだ。

    僕は予てより母親に結婚だけはしてくれ、と言い聞かせられていた。どんなことをしてもいいが、結婚だけはしてくれ、と。

    てな訳で、Instagramにあげる用の喫煙所の写真を撮るための散歩を始めた僕だけれども、本来の目的である生涯の伴侶を見つけることは到底できそうにない。

    Like a complete unknown, like a rolling stone

    僕はこのまま誰にも知られることなく散歩を続けるんだろうな。