コーヒードリップで悟りを開く
ここ最近カフェインを摂取しない生活を心がけていた．おかげさまで寝付きの悪さは改善された．
しかし，僕の中に住まうコーヒー欲のマーラは目を覚ました．
もともとコーヒーが好きで，一日中コーヒーを飲んでいると言っても過言ではない生活を送っていた．もはやコーヒーの点滴をしているに等しかった．
そんな僕がカフェインを断つようになり，コーヒーを全く飲まなくなった．
だが，「断珈琲」も長続きはせず，「朝に一杯飲むのだけは許す」という独自ルールを生み出した．これによってコーヒーの特別感は増し，よりコーヒーを渇望するようになった．
仏陀によれば，内なる感情の追求が苦しみの原因とのことだが，まさにこれがそうだろう．渇望はすなわち苦しみなのだ．
とはいうものの，コーヒーを飲まないという選択肢は頭にない．どうせならこの欲望にとことん付き合ってやろうと思った．生涯の伴侶となり，一緒の墓に入ろうとすら思った．
そこで僕はコーヒーのクオリティを上げることにした．そう，ドリップコーヒーを始めたのだ．
今までの僕はただのインスタントコーヒーを飲んでおり，こだわりがあるとすれば，電子レンジで水から温める，という『ソレダメ！ ～あなたの常識は非常識！？～』から得た知識でコーヒーを入れるということくらいだった．
駅前のスーパーでコーヒーをドリップするための道具一式をそろえ，早速コーヒーをドリップしてみた．
これがなかなか面白く，蒸らしの時間を待ったり，ゆっくりと中心にお湯を注いでいくのが楽しい．男心をくすぐられる．
味も確かにインスタントとは別物で，安いコーヒーチェーンの味がした．
その日以来，毎朝コーヒーを入れる生活が始まった．ドリップする楽しさは色あせない．少しずつ上達している気もする．
そんなある日思った．
「僕が好きなのは『コーヒー』ではなく『ドリップ』ではないか」
「コーヒーを飲むためにドリップしているのではなく，ドリップするためにコーヒーを飲んでいるのではないか」
こんな疑惑が頭に浮かんだ．
わざわざカップにドリップする必要はない気がしてきた．そのまま排水溝にドリップしても同じことのような気がした．
ものは試し，思い立ったが吉日，善は急げ，鉄は熱いうちに打て，機を見るに敏．すぐにキッチンに行き，排水溝へのドリップを執り行った．
案の定だった．楽しい．ドリップ後に黒くて苦い液体を飲むという苦行がない分，より気楽で楽しい．
ついに僕はコーヒーへの渇望に打ち勝つことができた．悟りを開いたのだ．
また一つ，仏陀に近づくことができた．
