創作家庭料理ってなによ

    僕の家から最寄り駅までの道沿いに「創作家庭料理」のお店がある。普段何も気にせず通っているが、ある時1つの疑問が浮かんだ。

「創作家庭料理ってなによ」

 

    まず、「創作」はどこにかかった言葉なのかが問題だ。一般的に考えれば「(家庭)料理」にかかっていると考えるのが妥当だろう。この場合もおかしな点があるのだが、とりあえずここでは置いておく。

    もし、「創作」が「家庭」にかかっていたとしたらどうだろう。「創作家庭料理」はたちまち「"創作家庭"料理」になってしまう。

    "創作された、架空の"サトウさん家では定番の料理でも出されるのだろうか。だとすれば、"実在する"エンドウさん家の僕はどんな顔して食べればいいのか。気を遣って、普段より美味しそうに食べればいいのか。ご飯をおかわりするときは茶碗に一口残しておく、という至極どうでもいいマナーにまで気を遣わないといけないのか。

 

    まあそんなはずないわけで、普通に「創作された家庭料理」って意味だろう。だとしても、おかしいことに変わりはない。家庭料理なんてのは得てして創作されたものであるからだ。わざわざ創作などと付ける必要がないだろう。

    逆に言えば、創作されていない家庭料理とは何者だろうか。ステレオタイプの、もはや出自もわからない、日本食で言うところの味噌汁みたいなものなのか。だが、味噌汁だって創作されたものだろう。

    例えば、僕の祖母は味噌汁に卵をいれる。僕はそれがあまり好きではなかったが、僕個人の嗜好一つで祖母を悲しませるわけにはいかないから、我慢して食べていた。

    おそらく、これを読んでいる人の中には味噌汁に卵を入れるという考えが全くない人もいるだろう。だがその分、僕には到底辿り着けない奇妙奇天烈な食材を味噌汁に入れているはずだ。納得行かない人は土井善晴氏のTwitterを参照されたし。

    以上のように、NOT創作家庭料理なんてものはないのだ。森羅万象の家庭料理は創作されたものなのだから。

 

    それならば、果たして件のお店はどんな創作家庭料理を提供してくれるのだろうか。僕なんかが一生をかけて思案を巡らしたところではとても思いつかないような料理を出してくれるのだろうか。

    近いうちに、その全貌を明らかにするため潜入調査をしてきたいと思う。卵入りの味噌汁が出てこないことを願う。